林経協の政策提言
温暖化ガス吸収源としての森林機能増進方策に関する政策提言
加藤鐵夫 殿
平成15年6月
(社)日本林業経営者協会
会長 古河久純
温暖化ガス吸収源としての
森林機能増進方策に関する政策提言
(社)日本林業経営者協会に設置している『持続可能な森林の管理と経営分科会』(座長:真下正樹 当協会副会長)は、COP5以降、温暖化ガス吸収源としての森林機能の増進方策についての検討を重ねてきました。
今後、国内森林の温暖化ガス吸収源としての上限枠3.9%を確保するためには、森林活性化のための補助事業施策の拡充とあわせ、『温暖化ガス削減(吸収源確保)推進管理機構』(仮称)の枠組みづくりと、森林吸収源の適正評価体系の確立が不可欠であるとともに、『森林経営長期安定化制度』の創設、『地域材利用促進グリーン税制』の導入、『地域材利用促進グリーン購入』の推進等が急務であるとの見解を取りまとめました。
政府としてこのことについて早急に検討を進められるよう提言します。
(1) 炭酸ガス吸収源としての森林の役割
京都議定書第1約束期間(2008年~2012年)の目標達成のためには、排出源削減対策や排出量取引、クリーン開発メカニズム(CDM)、共同実施(JI)等が欠かせないが、同時に我が国の森林に認められた森林の吸収量上限枠3.9%を最大限に活かす工夫が必要である。
このことは、京都議定書3条4項に定める森林への『人為的追加的行為』を行うことによって、炭酸ガスの吸収のみならず、森林管理の向上に伴う森林本来の多面的な機能が増進されることでもある。
この吸収源確保のための『人為的追加的行為』による効果としては、国土保全、自然環境保護、生物多様性維持、水資源涵養などのほか、新規雇用の創出、農山村の活性化などへの派生効果が著しい。
したがって、吸収量が2.9%にとどまっている森林の現状に鑑み、森林育成活動の成果を確実に実現する政策によって、上限枠3.9%の達成を目指すことが、もっとも確かで即効性があり効率的である。また、森林の多面的な相乗効果を考えると、国民的投資の面からは最も得策となるはずである。
(2) 林業経営の実情と森林機能増進への期待との乖離
いまや、スギをはじめとする国産材の価格下落と需要の長期的低迷のなかで、森林管理に新規投資をしようとする森林所有者は極めて限られる事態となっている。
施業を放棄あるいは休止している森林所有者に対し、森林管理の熱意を高めるとともに、吸収量上限枠3.9%を確保するのに必須とされる森林整備目標を達成するためには、事業量拡充に比例した財源確保のみにとどまらず、
(イ) 森林育成と管理の過程で生まれる成果を、持続的に還元できるインセンティブ
(ロ) 長期にわたる林業経営に対して安心できるセーフティネット
に関する新たな政策措置が求められる。
森林はこれまで、木材資源が唯一の経済的価値とされてきたが、温暖化ガス吸収源としての環境機能が市場価値として生まれようとしている。この状況を生かし、この新たな環境資源を適正に評価し、その対価を森林所有者に還元できるような経済的枠組みづくりの政策検討を求めるものである。
長期にわたる投資が必要とされる宿命的な林業経営にあって、森林育成途上の段階での森林管理の成果にたいして、連年或いは定期的にわたって、林業経営体に持続的に還元されるという新たな仕組みが構築されれば、林業の収益体質を転換させる手段ともなり、森林への管理意欲と投資意欲が高まる。
それによって、林業労働や林業投資を担う者にとってもインセンティブが加わるところとなり、疲弊する日本林業と農山村の再生に大いに期待できるものになると考えられる。
そのようになれば、これからの或いは現在の造林補助金等の助成制度が、相乗的に効果を発揮することとなり、補助金がさらに生きてくることになるものと考える。
(3) 政策提案
イ) 『温暖化ガス削減(吸収源確保)推進管理機構』(仮称)の提案 (添付資料参照)
森林育成途上の段階での成果を、林業経営者に対し持続的に還元することができるインセンティブを実現する一手段として、吸収源について経済的メカニズムを活かした枠組みづくりを行う。その枠組みとして、
(1) 『温暖化ガス削減(吸収源確保)推進管理機構』(仮称)の創設
(2) 森林施業計画制度を活用した森林吸収源の適正な評価体系の確立
を提案する。
この『温暖化ガス削減(吸収源確保)推進管理機構』は、温暖化ガス削減目標の達成に向けて、排出量と吸収源の管理を総合的に行うものとする。
本来は、排出量と吸収源を同時に管理することが望ましいが、上限枠の達成を目指す吸収源確保対策のみ先行した管理機構としても、目的達成の効果が生まれて来よう。
管理機構に保管され管理されることとなる吸収源は、証券クレジット化することにより、国内或いは海外市場の取引によって、市場経済システムが働くような仕組みとする。
この機構を運営管理することによって、徒に吸収源が海外に流出する懸念も払拭することが出来よう。
なお、この機構を的確に運営するためには、全国の森林の吸収能力を適正に評価する評価体系を整備する必要がある。それには、出来る限り行政コストと林業コストを抑制するために、現行の森林施業計画制度のデータベース等を活用したり、国内で発足している森林認証制度等を活用することが望ましい。
持続可能な森林経営を行っている者に、二酸化炭素吸収効果の価値が正しくかつ公平に還元されるよう、この様なシステムの構築について早急に検討を開始され、国民的合意を求めるものである。
ロ) 『森林経営長期安定化制度』の創設
長期にわたる森林育成にとって、安全と安心ほど重要なものはない。いままで造林補助金としての効果に負うところは大きかったが、前項で述べたように、いまや補助金があっても、森林再生や森林管理に携わろうとする林業者は極めて少なくなっている。
現在、林業経営者にとって最も必要とされているのは、現在保有している森林が育成途上の期間、経営的に成り立つ条件が整えられることであり、かつ将来にわたって、安全でリスクが回避でき、なおかつ価値が持続するような保障がされていることである。
また、持続的な森林経営とともに、持続的に環境資源を育成し、社会に貢献して行くためには、長期的に安定した経営体系が欠かせない。
いままで、森林造成を主体とした長期融資制度等の政策体系は整備されてきたが、不慮の災害、経済変動、需給変動、或いは長期にわたる安定経営を維持させる等の、管理経営面でのセーフティネットについては、いまだ充実しているとは言い難い。
育林途上にあり、まともな収入構造の道が見えない状況下、一方では昨今の地球環境への貢献のために、森林を維持し守らなければならない事態に遭遇している現下の林業経営を、いかに存続させるかといった問題意識に基づく政策が期待される。
こうした事態を保障する制度として『森林経営長期安定化制度』を提案したい。
具体的には、森林経営者に対するセーフティネットとして、リスクや社会貢献への要素を考慮し、以下のような内容をメニューとした保障制度を要望する。
・ 一般サービス:普及研究・教育・インフラ整備
・ 災害: 気象害、山火事、病虫獣害
・ 経済: 価格変動、安定供給、収入保険・保障
・ 環境: 生物多様性、温暖化ガス吸収源、水資源等への環境貢献
・ 地域: 地域政策下での循環型資源の提供
・ 労働: 雇用労働、自家労働に対する安定就労
・ 技術開発:雇用問題と労働安全、機械化推進
このことは、ウルグアイ・ラウンド合意において、国内保護削減の免除措置として認められた、個別品目に対する生産から切り離された支援措置、"緑の政策"に通ずるものでもある。
ハ) 温暖化ガスCO2固定のための『地域材利用促進グリーン税制』の導入
ICCPの報告書によって、京都議定書以降、森林の伐採行為は温暖化ガスの排出と規定される事となった。一方そのバイオマスを燃やすことによって得られるエネルギーに対しては、温暖化ガスの排出はゼロとして、取り扱われている。
しかし現実には、燃焼されるか腐朽するまでは、木材は温暖化ガス固定化の資源として効果が持続することは明らかであり、今後我が国が的確に森林から温暖化ガスを削減して行くためには、科学的に不合理性のある『伐採行為は温暖化ガスの排出と規定』した事項については、国際的な場でもっと強く改訂を求めるべきところである。
科学的、資源政策的にも不合理な状態のままで進むとなると、再生可能な循環資源としての国内森林が、ひろく国民に利用されるチャンスを、自ら逸することに成りかねない。
国際的に約束されたCO2削減の数値目標への努力はする一方で、すくなくとも林業政策にあっては、温暖化ガスを固定化する森林から産出する木材は、燃焼化されず建築等に利用される場合には、CO2が再貯蔵されるときでもあるということを改めて認識し、循環資源としての利用促進が図られなければならない。
よって、地域材を利用する者に対してはその促進優遇政策として、『地域材利用促進グリーン税制』の導入を提案するものである。
全事業者を対象として事業用に、或いは一般消費者が住宅用等に地域の木材資源を使用した場合に対し、消費税、固定資産税の減免や住宅取得控除の割り増し等の『地域材利用促進グリーン税制』を適用する。
なお、今回の提言は地球温暖化防止対策に関わるものであり、このグリーン優遇税制については、別途、(社)日本林業経営者協会の『森林税制分科会』及び『国産材分科会』においても協議中であり、改めて具体的な政策提案をすることとする。
ニ) 温暖化ガスCO2固定のための『地域材利用促進グリーン購入』の推進
平成12年5月に『国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律』(グリーン購入法)が制定された。この法律に基づいて閣議決定された『環境物品等の調達に関する基本方針』では、環境への負荷の少ない物品として、『木質の間伐材等の木材が使用されていること』とされており、極めて限定的な範囲の国産材が対象となっている。
森林から生産される循環資源である木材を活用することは、地球温暖化を防止することに加えて、水源の涵養、国土や生物多様性の保全など国民生活と密接な関係を有しており、単に環境への負荷が少ないのみならず、積極的に良質な環境を創造することでもある。
このため、その利用促進策として、上述の法律に基づく環境物品としての対象範囲を拡大することとする『地域材利用促進グリーン購入』の推進を提案する。この場合、環境物品として認定されるのは、持続可能な森林経営がなされている森林からの生産物に限定することは当然のことであり、当面は森林施業計画制度の認定森林からの生産物とし、将来的には森林認証制度等の活用を検討すべきである。
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